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【書くことの意味】勉強もアイデアも、書けば整理されてくる

書くことはすべての源泉になる

少し大げさなことかもしれませんが、勉強するにしてもアイデアを出すにしても、私はすべて「書く」ことからすべてが生まれるのではないかと感じています。ただ頭の中で文字や景色を想像するだけでは得られない、特別な効果が、「書く」という行為にあるような気がしてなりません。

皆さんは、生まれてこの方文字を書いたことがない日はないというくらい、文字をたくさん書いていますね。もちろん、「描く」という漢字も同じで、イラストや漫画が好きな人はどちらかというと「描く」ということの方が多いかもしれません。ここでは、「書く」も「描く」も同じことと思って良いです。

この二つに共通していることは、どちらも自分の手を動かして何かを創り出しているというところです。何もないところから文字もイラストも生まれません。皆さんの頭の中にアイデアやイメージがあって初めて、手は行動を始め、そしてなにがしかの文字やイラストが創り出されていくのです。

当たり前のことですが、手を動かして何かを創り出すという体験で、もっともシンプルで最も重要なのは「書く」ことや「描く」ことです。

以前の記事ではこの「書く」にフォーカスを当てて丁寧に書いてみるということをお勧めしておりますが、描くことにしても同様のことです。

綺麗でなくても構いませんし、大作を作ろうと思わなくても良いのです。とにかく目の前にある紙に鉛筆なりペンで何か表現してみる、ということが重要です。

読んだら必ず自分の考えを書く

そもそも、なぜこのようなことをお話ししようと思ったのかというと、近頃はめっきり(私も以前に比べるとそうなってしまいましたが)手を動かして何かを書いたり描いたりすることが減ってきたように思ったからです。

皆さんは、読書が好きな人であれば小説や漫画、ビジネス書などは読まれることと思います。

読むということは、文字を目に入れて頭の中でそのとおりに想像することですね。字面を追って、意味のある構造があればそれが頭の中に浮かんでくる。読むことで様々な情報が頭の中に入り、知識は豊富になっていく。

読むということは書くことと同じくらい重要なことです。人間は、新しい物事をインプットしなくなると、その瞬間から進化は止まり、いつまでも同じ水準で動くこととなってしまいますから、積極的に読書の習慣はつけていただいた方がよいでしょう。

これはよく読書法を説明している書籍などでも言われることと思いますが、「書く」ことに焦点を当てて説明している本はかなり少ないように感じます。

読書はよく「インプット」したら「アウトプット」することによって、つまり「実践」することによって相乗効果を発揮するという風に言われています。ただ漫然と情報を頭の中に入れておくだけではだめで、そこから得たことを何か一つでも構わないから実践する姿勢を持つ。これが重要と言われています。

もちろんインプットした内容をアウトプットすることは読書の効果を最大限に高める良い方法だと思います。私も、実際に読むだけではなく、重要だと思ったところは線を引いたり、ドッグイヤー(本の端を折り曲げて目印にする方法)を付けたりして自分のものにするようにしています。

ですが、ここでもう1ステップ皆さんには「自分の考え」を書いてみるということをお勧めします。

昔は「自由作文」などと言って、自由なテーマで作文して発表したこともあったかもしれません。ですが、学生になり、社会人になると、どことなく「型」を意識するようになり、その通りに書く習慣が身につくようになる。

それはとても喜ばしいことですが、それだけでは書くことの本質は満たされないのではないかと思うのです。

自分の思いを制限することなく書きまくる

皆さんが思ったことを、自分の使いたい語句と表現で、書きたいように書くというのが一番です。そこには制限も拘束力もありません。最近では「何を書いたらいいのかわからない」という風に悩む人が多くなってきたと聞きます。皆さんの中にももしかしたらいらっしゃるかもしれませんね。

敢えて申し上げると、「何を書いたらいいのかわからない」という状況は絶対にありません。皆さんの頭の中には何か表現したいものが必ずあるはずです。それが、成長するにつれて様々な制約を受ける中で自由な形で表出されなくなってしまっただけです。

画用紙にクレヨンで思い思いの絵を描いていたことを思い出してみてください。何も恥ずかしがる必要はないのです。人それぞれが書きたいことを頭の中に必ず持っているのですから、自分だけの宝物を表現しておかないわけにはいきませんよ。その気持ちがある限り、表現しようとするために色々な表現を見つけに行ったり、絵画の技法を学んだりすることができるのです。

書くことと脳機能の密接な関係

手を動かして物を書く・描くということには、それだけでなく頭の活性化にもつながるということが言われていますね。実際に文字を書き、イラストや図形を描いてみることで、自分の頭の中に思い描いていたコンセプトがよりはっきり明瞭にイメージできるようになります。

頭の中で漠然と考えているだけでは、なんとも形にならないものです。それを文字に起こしてみたり、図形にしてみることで、「なるほど、自分はこういう風に考えていたのか」と後で見返してたときによくわかります。反対に「なかなか思った通りのことを書けないな」と感じた場合は、もしかしたら書くことに対する情報量が不足しているのかもしれません。

自動車の運転も、初めは右も左もわからなかったはずです。それが、教官に教わり、交通ルールを学ぶうちに、自然とすいすい運転できるようになる。それと同じで、何かを書こうと思ったときに頭の中に明確なイメージと十分な情報がないと、それを紙面に表現することができないのです。

このことから、私は何か新しいことを勉強しようと思ったら、もちろん入門書は揃えるにしても、必ず紙と鉛筆(ペンでももちろん構いません)を用意します。そして、とにかく物事の輪郭を掴むように意識しながら、自分にとって初めての情報を書き出していく。初めは繋がりが分からなかった関係も、書いていくうちに少しずつはっきりしていくようになります。それが完璧に繋がった瞬間というのが「わかった」ということになるのです。

書くことによって、脳の様々な領域が活性化することが知られています。言語を扱う場合は、言語に関する脳の領域も活性化し、それを手に伝えて、紙面のどのスペースにどれくらいの大きさで書いていくのかということを細かく決めていくのですから、書くことによって常に脳の様々な箇所に刺激が与えられるわけです。

是非、勉強が難しいと感じたら、読み進めるのをやめて、一度自分の言葉で納得できるまで書いて・描いてまとめてみましょう。そうすると、自分なりの「形」が見えてくるようになりますよ。

書くことは思い出を作ることにもなる

肉筆で書くということは、パソコンに記録する以上の価値があると思います。

手で書いた・描いたものは、それ自身が時間の流れと感情とを織り交ぜた作品として残ります。パソコンは、もちろん大量の文章を生産することはできますが、文字や図形の形はパソコンで用意された画一的なものです。手で書くことによって、パソコンでは表現しきれないそのときの思いが残ります。

誰一人として同じ文字を書くことはない。私はそれがとても面白いことだと思うのです。「この文字は〇〇さんのものだな」とその人の特徴を示すものにもなりますし、「あのときは随分と雑に書いていたんだな」などと昔の自分を振り返る道しるべにもなります。

ふとした瞬間に、昔の自分の書いたものを読んで、気持ちが救われるということを良く経験します。このことに関しても、別の記事でご紹介しております。

とにかく、書きまくること

「病のごとく書け」と、『敗戦日記』を記した日本の小説家 高見順は書いています。一瞬のうちに過ぎ行く自分の一生を、書くという行為を通じてできるだけ明瞭に残していきたい、そういう強い思いが伝わってきます。

皆さんも、限りある一生なのですから、自分自身を表現するツールとして「書く」「描く」という行為をもっと大事にされてみてはいかがでしょうか。書道家だけが「自分の文字」を謳うことが許されているわけではありません。イラストレーターだけがイラストを描くことを許されているわけでもありません。ひょんなところから、あなたの書いた・描いたものが、誰かを助ける特効薬になることもあるかもしれません。

是非、ご自分の文字で、イラストで、自分を表現してみてください。

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Zen

4,000万円の負債を背負い、日々労働に明け暮れる薄給内科医です。 私を迷うことなく選んでくれた妻と一緒に、経済的自由を目指します。 とりあえず身体を壊さないように30代で5,000万円の金融資産を作ります! 経済的自由を得るまでの道のりを記録していきます。 最後に全員を幸せにして笑って生活するのが夢です。 応援よろしくお願いします(´ー`)

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