仕事・仕事術

【安定した入金力か、時間か】働くことによって得るもの、失うもの

今も昔も、労働は継続的な入金力の確保としては一番簡便で確実な方法です。

誰もが時間と賃金の交換という根本的なシステムのもとに一定の収入を得ることができます。

もちろん、これを常に消費してしまえば永遠に「ラットレース」から抜け出すことはできません。

消費によって一時期の優越感を味わうことはできても、そこから先の安定は手に入りません。

こう思った私は、労働者という立場から労働者+資本家というフェーズへ移ろうと決めました。

現在は株式投資を中心に、2020年3月現在の暴落局面で約1,000万円程度の資産運用をしているところです。

これとは別に4,000万円の負債を抱えておりますので、純資産はマイナスですが、返済しながら金融資産を大きくしていく方法として勤務医が取れる最善の方法を選択しているつもりです。

実際、平均配当利回り4%程度で今年度は約40万円近い配当収入が得られる予定です。

月々数万円の不労所得が得られるようになった現在、「働く」ということで変わった環境というのを目の当たりにしてきました。

今回は、サラリーマンを含めた労働者としての立場が強い皆さんへ、「働くことによって得たもの・失ったもの」について、1年365日をほぼ無休で過ごした自分からいくつかご紹介したいと思います。

これから一生懸命働こうとする人。そして、「働くことって何?」と考えている人。生活のために働かざるを得ない人など。

そんな方々の参考になればと思い書きました。

働くことで得られること

時間と賃金の交換=給与収入

労働の一番大きな限界。それが「時間との引き換え」によって賃金を得るという構造です。

どれほど給与が大きかったとしても、それは引き換えにする時間が多いことがほとんどです。

実際、私がどれほど働いて給与を得たとしても、単位時間当たりの給与というのははっきり言ってしまうと千数円で、コンビニと同じくらいなのです。

もしかしたら、それ以上に水準の高い給与で働かれている方も多いかもしれませんが、時給換算してみると、一か月に得られるものは限定的であると感じます。

逆に時間さえ引き換えにすれば賃金が手に入るということが給与収入の良いところです。

投資で数十万円の利益を上げることは簡単ではありません。

しかし、労働することによって、ほとんどだれもが標準的に数十万円の資金を獲得することができます。

投資を始めるときには、資金が必要です。0からスタートしたいのであれば、最も手軽な入金力となるのが給与収入です。

ですから、まずは労働収入を最大化するというところから始めたいところです。

私自身は、医師自身が労働者に他ならないということを自覚したうえで、そのスキルを十分に使うことで時間と給与の交換を最大効率で回すことにしました。

それが「副業」です。

医師は常勤の業務もしっかりやりながら、休日にも案件がある場合があるので、そちらを有効活用することをまず考えました。

非常勤の方が常勤よりも時間に対する給与の水準は現在も高いままです。

いずれかは市場原理が働いて平均化される可能性はありますが、現時点ではまだまだその不均衡は崩されずにいます。

年齢が若い現在、投資資金を確保することに注力しようとすると、まずは労働を第一優先にするということが選択肢として残ります。

働くことで積み重なっていく経験と知識

働くことは賃金を獲得する最も簡便で最も効率の良い手段と思います。

それに加え、能力がない者が能力を得ることができるシステムも、また「労働」にあります。

ある一定のストレスや義務が発生する労働のなかで、人は様々なスキルを身につけます。

皆さんもそれぞれ務めている会社では、求められるスキルがあると思います。

それらを日々、給与をいただきながら身につけることができるのです。

労働は、給与に加えて「経験や知識」といった知的財産を増やすことのできる方法でもあります。

したがって、労働するときにはそういうアンテナを張り巡らせながら一日を過ごさなければいけません。

漫然と「お金のため」と働いているとスキルの習得という大事な点を逃してしまいます。

知的財産を増やしていくことは、投下できる資本が順調に大きくなってきたときに、「武器」に変わります。

自力で何かをしようとしたときに、能力があるのとないのとではスタートラインの位置に大きな違いが出てきます。

当たり前の話ですが、医師国家試験を卒業したばかりの人と、10年間医師として働いてきた人とでは明瞭なスキルの差があります。

見える視点も異なりますから、この年数を十分に資金に変換して、スキルを得ることができれば、ライフステージの変わり目で選択肢の広いアクションが取れるようになる可能性が高くなります。

自力で何かをするということは、自由でもある反面、非常に高度なスキルと責任が求められる場面でもあります。

その準備をするのに、労働をするということは良い経験や豊富な知識を蓄える最良の方法です。

労働者として組織の中にいることによる「組織の一員」としての視点

そしてもう一つが、いいことでもあり悪いことでもある「組織の一員」として使われることです。

私たちは当然一人で働くことなどできませんから、働くにあたってある組織に入らなくてはなりません。

その組織に入れば、当然「郷に入っては郷に従え」で、そこのルールに従って労働し生活することになります。

今でも多くの人が会社なり企業なりで「組織の一員」として働いていることでしょう。

実は、そのことは自覚していないと忘れがちで、要するに構成要素=歯車なわけです。

したがって果たすべき役割が与えられていることになります。

そこに、自由があるかというと、100%の自由はないでしょう。

自分の思い通りにできないこともあるし、押し付けられる仕事もある。

そこで、「なんだかやりづらいな」と感じることそのものが、労働者として組織の中にいることがないと味わうことのできない感情です。

完全に自由な生活を送っている場合は、自分自身の行動を制限されることがないために、このような「逃げ出したいな」という感覚が得られません。

一生のうちで、ある期間は、そういう制限を加えられながら、井の中にいる蛙が大海を知って、そこへ飛び出していきたい気持ちを持つことが大切です。

まとめると、労働によって得られることは

時間と引き換えにした賃金=金融資産

仕事によって身につく経験や知識=知的財産

組織の中にいることによる=自由への渇望

こういうものがありそうです。

働くことで失うもの

働くことによって失うもの。私はこの一年間で多くの時間を労働に費やして、「失ってしまったな」と思うものが幾つかあります。

それらは、取り返すこともできれば、取り返すことのできないものもあります。

ご紹介する中で、一つでも皆さんのよりよい生活に繋がればと思います。

給与収入を得る代わりに失う大切な「時間」

こちらは完全に、労働によって得られるものの反対になります。

労働をすれば給与が得られます。しかしそれは時間を引き換えにしているからです。

したがって、賃金が得られる代わりに時間的な拘束が生じ、恐らく大部分の方が一日を労働に費やして終えているものと思います。

人間の時間は、最近になって寿命が延びてきたとはいえ、非常に短いものです。

できれば、一日たりとも無駄にしたくない。

資産形成のために、賃金をなるべく増やそうとすると、一日をどうしても犠牲にしないといけなくなる。

その微妙なバランスを取らなければなりません。

理論的に分かっているものの、最速で資産形成をするという目標を掲げたときに、私がとった行動はやはり時間を最大限労働に費やして賃金を得るというものでした。

これによって、恐らく通常の労働の1.5倍(それでも1.5倍程度です)の賃金は獲得できたかなと思いましたが、失った時間はかなり大きく、妻にも寂しい思いをさせてしまいました。

これは実際にやってみないと気づかないことですが、1年という時間は怖ろしく早く過ぎ去っていきます。

賃金を得るということも重要ですが、目標を見据えながらバランスを取って働くということが最終的には大事です。

そして、はっきり言ってすべての時間を労働につぎ込んだところで得られる賃金は投資によって得られる資金より圧倒的に「コスパ」は悪いです。

その点を理解しながら労働をしなければなりません。

資産形成のはじめの場面で元手を大きくするということは重要なので、短期集中で資産を増やすという目的で時間を最大限に労働市場へ投下するという程度にしておくのが良いでしょう。

仕事に傾倒するばかりに失う他者とのつながり

時間の喪失と似たようなところですね。

友人と飲みに行く時間や、遊びに行ったりする時間。あるいは、妻や家族と過ごす時間が喪失されることにより、いつの間にか大切な人々の近況が分からなくなっていたこともあります。

特に妻や家族は私の行動を見守ってくれているがばかりに、なかなか「休んで」とも言えないというのが現状だったと思います。

ですが、妻だって家族だって寂しかったはずです。

本来の働き方であれば、ある程度一緒に過ごす時間はあったかもしれません。しかし、私はこの一年間そのすべてをなげうって労働してきました。

この点は本当に反省です。

それ以外にも、落ち着いて自分の時間を取ることによって開けていた「新しい他者とのつながり」もどこかで機会損失していたかもしれません。

「働く」以外に稼ぐ選択肢がないと感じる視野狭窄

これは長いこと労働市場に身を置いていた方はなんとなく感じるところもあるかもしれません。

労働すると賃金と交換できるという原始的な方法は、ある意味で単調ですがある意味で非常に楽です。

この「何も考えなくても」お金が入ってくる状態というのは配当金投資と似ていますね。

しかし、常に時間を消費して賃金と交換しているので、自分の時間は増えません。

ただ、何も考えず組織の中の構成要素として働いている方が楽なので、いつのまにか「働いているとお金が入ってくる」という思考回路に頭が慣れてしまいます。

そうすると、今所属している組織の外にも、自分の適性を活かす可能性が広がっているかもしれないのに、そこから一歩踏み出すことが難しくなってしまいます。

人間は同じ環境に留まろうとする「慣性」がいたるところに存在しています。

働いて給与を貰っていると、それも慣性となり、よほどのことがない限り「逃げよう」という感覚には陥らないでしょう。

仕事をすることにより、定期的な給与収入が得られることを「安定」と言い換えることもできるかもしれません。しかし、これは安定でもあり、同時に「仕事がなくなってしまったら」ということを考えると非常に不安定なものになります。

最たる例が、年齢を重ねていくことによる組織内の新陳代謝だったり、定年退職であったりです。

老後2,000万円問題という話もあるように、人生で健康に生きられる期間が長くなれば長くなるほど、より資産形成の重要性が増してきます。

その長い時間のなかで、働く以外の選択肢を持っていない、あるいは持てないと、働けなくなったときに路頭に迷う可能性が高くなります。

働くことは、一見して目の前の安定性を手に入れる反面、将来のことをぼやかしてしまう危険性も孕んでいるといっていいでしょう。

私はこのことを常に頭の中に置きながら、医師であったとしても単一スキル・単一組織で働くということは避けなければならないと考えているからこそ、資産形成や副業に取り組んでいるところです。

実際にやってみると、「適性なんてきっとないだろうな」と思っていた自分でも思いのほか楽しむことができています。

働くことは「入口」に過ぎない

ここまで、働くことによるメリット・デメリットをいくつか見てきました。

いずれにせよ、この両者をよく比較して働くことが大事になってきますが、あくまでも労働は「入口」と考えた方が良さそうです。

労働だけで一生を終えてしまうのはもったいないです。

言われたことをやり、定められた給与を貰い、生活していく。

それは一見して穏やかな毎日をもたらしてくれますが、刺激が足りないと言えば足りません。

昔は「~~をしたい!」「~~になりたい!」と思っていた過去の自分も、成人して会社に入って仕事をしているうちに仕事そのものが大事になってきます。

違和感を抱えながら仕事をしている人も多くいるでしょう。

個人的には、成人になろうが中年になろうが、やりたいことをやればいいと思っています。

私もそう思っているので、あくまでも働くことはすべての夢のための入り口に過ぎないかなと思いながら働いています。

では、夢を実現するためには、この資本主義社会のなかでどういうことをやっていけばいいのか。労働だけでは到達しえないところがあるのではないか。

入り口を過ぎれば、あとはどういう風にして夢に近づいていけばいいのでしょう?

資本家の視点を得たのは大きかった

現時点での自分の答えは、資本家になることです。要するに、労働以外にメイクマネーの機会を作り上げることです。

労働はあくまでも時間と賃金の交換ですそこには一定の市場原理が働いて均衡してしまいます。

そして、その労働を司るトップに君臨しているのが資本家です。労働者が労働した利益を、資本家が得ています。

私は経済学者でもなんでもありませんから、構造をシンプルにしかとらえることができませんが、シンプルであるからこそ、この資本家の視点を体験してみたときに目が醒める思いがしました。

メイクマネーするためには、なんとしても資本家としての立場を獲得しなければなりません。

そこは、やり方によっては巨額のお金が動く可能性があるからです。

資本を動かすということは、また労働とは異なるストレスがあります。リスクという概念がそこにはあり、元本毀損の可能性もあります。

しかし、利益を得られる瞬間はとてつもなく大きい利益が入ってきます。

私は4,000万円の負債を抱える前からこの「資本家」というのは一体どういうことか? ということに興味を持ちながらコツコツと勉強してきました。

そして実際に負債を抱えながら労働している今、この社会において資本家になるということがどれだけ重要かということが分かりました。

一番大事だなと個人的に思っているのは、資本を使って他人の力を借りながら利益を上げるという資本主義の構造そのものを資本家が体現しているところです。

労働による給与収入は、自身の労働力がそのまま返還されるだけなので、1を投下すれば1返ってくるようなかたちです。

しかし、その資本を市場で運用することにより、1を投下することにより他者(企業など)がそれを利用して利益を上げ、場合によっては1以上で返ってくる可能性がある。

他人の手を借りるというと聞こえは悪いかもしれませんが、自分の「稼ぐ能力」を拡張したと考えれば分かりやすいですね。

その能力は、資本が大きければ大きいほど拡張され、さらなる利益を呼び込みます。

私はその体験を高配当株投資をやりながら実感しているところですが、1年強が経った今、その恩恵を実感しています。

数%でも時間をかけると大きくなる「複利」の力

高配当株投資を含めた株式投資に共通する根本的な原理の一つに「複利」という考え方があります。

1より大きいものは足し算より掛け算の方が圧倒的スピードで上昇していきます。

市場は、調整を繰り返しながら成長していきますが、この成長を長期にわたって見届けることができれば、年数%であっても何倍、場合によっては何十倍の利益を得ることができます。

それは高配当株投資でも同様です。

配当金は、配当利回りがある程度一定であると仮定すれば、投下資本を増やしていけば徐々にその額が大きくなっていきます。

実際、2019年初頭に始めた高配当株投資も、はじめは数千円とか1万円程度のものでした。それでも、この1万円は自分の労働に由来しない、他者の労働による利益の還元であるということが非常にインパクトがありました。

そこから毎月、少しずつ自分なりのルールを徹底して運用していき、現在はコロナウイルスの世界的な蔓延による打撃を受けてはいるものの、着実に株数を増やすことができています。

今では、年間40万円以上の配当金を受け取ることができるようになっています。

市場が成長するという資本主義社会の大原則から考えれば、配当金が増える→投下資本がさらに増えるという複利の考え方により、資本はさらに増加していきます。

投下資本は配当金のみならず、労働による給与収入も併せて考えますから、加速度的に多くなっていきます。

皆さんも資産管理にエクセルの表計算で将来的な利益は総資産額などを計算しているかもしれませんが、私もこっそり計算してみてます(笑)。すると、頑張って月々30万の追加投資+配当金再投資をすることにより、利回り4%で全体を運用することができれば、少なくとも20年後には約3億円(!)に到達する可能性があります。

労働だけでは得られない世界が、そこにはあるなと感じました。

もちろん、タダで楽することはできません。それなりに痛みも伴いますし、一時的にせよ資産を大きく毀損することもあります。

そういう逆風にも耐えて、原理原則を信じて投資できた人が、大きな果実を得られると思います。

私はそう思って投資していますが、そのリスクをどこまで取るのかというのが難しいところですよね。

そこで、今落ち着いている考え方が「労働者+資本家」という2つの立場でいるということです。

労働者+資本家の目指すところ

今回のコロナウイルス流行による市場の暴落は、やはり10年に1度のレベルのものとなりそうです。

私もはじめてこのような急落と経済の停滞に遭遇したわけですが、気持ちは非常に穏やかです。

恐らく、

もともと巨額の負債を背負いながら投資を始めた

投資を始めた瞬間に調整局面入りして暴落を経験した

余剰資金で投資するルールを徹底しているため生活防衛は確実にできる

妻と協力しながら、時には助け合いながら生活ができているという実感がある

例え現在の資産が0になったとしても、1年で再起できるレベルの労働力とスキルを手に入れた

など、下落に対する緩衝要因があるからでしょう。

失うものが何もない人は、ある意味こういう「失う局面」で強いのかなとも思います。

個人的に最も大きい要因と思うのが、一番最後の「例え現在の資産が0になったとしても、1年で再起できるレベルの労働力とスキルを手に入れた」というところです。

つまり、投資をする=資本家でありながら、労働力をまだ労働市場に投下することのできる労働者でもあるという2面性を持っていることです。

もちろん、配当金投資をしている以上は、減配や無配があり、かつ株式の価値そのものが地に落ちない限りは定期的なインカムゲインを得ることができます。

労働も同様で、上記のメリット・デメリットを総合的に考えてもまだ若い自分にとっては定期的なインカムゲインを得られる手段であることには変わりありません。

この2つの定期的な収入の柱があることから、安心して暴落局面でも買い増すことができています。

配当金投資が現実的でなくなるレベルまで不況が進行し、資産が毀損されたとしても生きていくことはできます。

極端な話ではありますが、今のうちから副業に対する興味の幅を広げておくことで、最悪資産が毀損し労働が不能になった状態が生まれたとしても、まだ再起することは可能です。

このように、労働者と資本家の視点を両方持つことができると、選択肢の幅が非常に増えてくることを感じます。

さらに、資本家として資産を増やすことはとりもなおさず経済的自由へ肉薄することにもなりますから、労働者としての行動の幅もさらに広がります。

2つの立場がお互いに相乗効果をもたらしてくれるわけですね。

私はこの感覚がとても好きで、経済的自由を達成しながら仕事をする(いつでも自分の好きな仕事ができる)状態というのが理想だなと感じています。

経済的自由を達成したい方々の理由は、本当にたくさんあると思います。仕事に嫌気が差している、成し遂げたい大きな事業があるなどなど、色々あるでしょう。

そのなかでも、経済的自由は、この資本主義のなかでは選択肢の幅を広げてくれる大きな材料となってくれます。

私は経済的自由を達成することによって、

負債の返済

生活に苦労している自分の周りの人々の救済

自分が昔からやりたかったことを実現するための足掛かり

これらを計画しています。逆を返すと、このような目標を目指すのに、労働者だけではやはり力不足かなと思います。

これからも、労働者と資本家の目線を持ちながら、淡々と資産を大きくしていきたいと思います。

皆さんの労働の考え方に対する一つの参考となりましたら幸いです。

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  • この記事を書いた人

Zen

4,000万円の負債を背負い、日々労働に明け暮れる薄給内科医です。 私を迷うことなく選んでくれた妻と一緒に、経済的自由を目指します。 とりあえず身体を壊さないように30代で5,000万円の金融資産を作ります! 経済的自由を得るまでの道のりを記録していきます。 最後に全員を幸せにして笑って生活するのが夢です。 応援よろしくお願いします(´ー`)

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