思考・哲学

【未来を切り拓くアイデア】愚痴は良薬になる

愚痴を言うことは悪ではない

一般的には、愚痴というとあまりいいイメージがありません。

愚痴を言う人は、どこか自信がなくて、他人のあら捜しばかりする。

「あいつは……」とか「なんで俺が/私が……」など。

どこか人のことを馬鹿にして、自分が優位に立とうとする、そういう危険な要素を内に秘めた行為が愚痴と思われているかもしれません。

もともと愚痴という言葉は仏教用語です。

愚かなこと。無知によって惑わされ、すべての事象に関してその真理をみない心の状態をいう。

うわべだけしか見ず、本質を見極めずにすぐに文句を言う姿勢、それが愚痴とでもいうのでしょうか。

ですから、普段皆さんは「愚痴を言うまい」として、仕事が終わってからもなかなか愚痴を言えずもやもやとした気持ちを抱えながら生活していることも多いのではないでしょうか。

実は、私は愚痴は悪とは思いません。むしろ、タイトルにある通り「良薬」ですらあるのではないかと感じています。

ただ、その愚痴という内容を正しく理解する必要がある。

愚痴をチャンスの原動力にする

私の考える愚痴は、相手や不特定多数の人間に対して言う文句ではありません。「今日はこういうことがあった。なんでこういう目に遭わなければならないんだ」と頭を抱えるところまでは同じです。ですが、ここからが愚痴の本当の力です。

「どうやったらこの状況を打破できるんだ」

ここについて愚痴をぶちまけるのです。自分が思った現実打破の方法を、話すのでも書くのでも構わない。とにかく表現してみることです。

「会社が嫌だ」だけではいけません。より細かく分析して、「自分が会社を嫌になる理由」を考えなければいけません。そこに愚痴の効用があります。

愚痴はある種のブレインストーミング(批判されることなくアイデアを出すことと捉えてください)です。誰かに愚痴を聞いてもらうことで、自分の意見を遮られることなく、たくさんぶちまける。

そうすることによって、実は涙を流すことと同じくらい気持ちがすっきりするのと同時に、吐き出した意見が珠玉のアイデアとなりえます。

愚痴を聞いてもらう「誰か」は人でなくてもかまいません。

もちろん、大好きな恋人であったり、親でも、友人でも構いません。

ただ中身のない愚痴を聞かせるのであれば聞かされる方もたまったものではありませんが、上記のように自分の意見のはっきりした愚痴を言うのであれば、これを拒む人はいません。

むしろ「私はこう思うよ」という建設的な意見すら出てくることもある。人でなければ日記にぶちまけるのでも構いません。他人を中傷する内容に関してはそもそも「正しい愚痴」ではありませんから、書く意味はありません。ですから確固たる意思で考えられた愚痴はSNSで公開してもいいくらいです。

愚痴は良薬にもなる

何かに行き詰ったときに、人間は必ず感情や思考を伴った反応を返します。その反応を見過ごさず、愚痴として表現する。

そして、それをできれば記録しておく。あとから見返したときに、その自分の愚痴が建設的だったかどうかがよくわかります。

冷静になって考えてみたときに「これはただ人を中傷しているだけだ」とか「自分が優位に立とうとしているだけの方便だ」と思うのであれば、それを消してしまえばいいのです。

反対に「確かに、これはやっぱり昔から思っていたことなんだ」と考えられるものであれば、そこから突破口が開ける可能性があります。

そういう、良薬となる愚痴をたくさん集めましょう

良薬は口に苦しと言いますね。口に苦い経験は、質の高い愚痴を生み出し、それが最終的には良薬になる。

そう考えると、日々のつらい経験も、質の高い愚痴を生み出す素敵なチャンスになると思いませんか。

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Zen

4,000万円の負債を背負い、日々労働に明け暮れる薄給内科医です。 私を迷うことなく選んでくれた妻と一緒に、経済的自由を目指します。 とりあえず身体を壊さないように30代で5,000万円の金融資産を作ります! 経済的自由を得るまでの道のりを記録していきます。 最後に全員を幸せにして笑って生活するのが夢です。 応援よろしくお願いします(´ー`)

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