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【ラットレースからの脱出】生活のために労働するのはできるだけ早くやめましょう

生活するためのお金を労働で稼ぐことの怖さ

日々、私を含めて仕事をされている方のほとんどは「生活していくため」「食べていくため」という考えをお持ちのことと思います。

一日の何分の一かを労働に捧げ、その対価として給料を貰う。

ごく当たり前の労働形態です。

学生時代からアルバイトを社会勉強として始められた方は、自分のお小遣いのために時間をお金に変えて労働しているイメージでしょうか。

もしも、老後2,000万円問題や消費税増税などに不安感を持たれているならば、生活するために働いてお金を稼ぐという行為も考えてみる必要がありそうです。

過去に、以下のような記事を書いたことがあります。

私はその記事のなかで何度も「恐ろしい」と書いたりしていますが、日々の労働を客観的に見つめていると、恐怖感に包まれることがあります。

出口の見えない給料日→消費→労働→給料日→消費→労働……のサイクルが止まらないと感じるからです。

ある程度のスキルを身につけるために仕事をしていると感じることができている人、もしくはその状態にある人は、あまり不安にならなくても大丈夫です。

自分のスキルを磨くために時間を投じて、そのために必要なお金を貰っているわけですから。

私も、医師としてのスキルを磨くための労働に関しては、割り切って甘んじて受け入れてきました。

しかし、その目的が「スキルの向上」ではなく「生活のため」に変化した瞬間に、労働は非常に恐ろしい顔つきを持って我々の目の前に姿を現します。

両親の姿を見て、ラットレースの怖さを感じた

今では一身独立して生活している身ではありますが、両親と生活を共にしている20代の時期に、おぼろげながら労働に身を削られる両親の姿を捉えていました。

朝から晩まで労働し、得られた給与の一部を使って生活し、その後は貯金に回すまでもなく持ち家の借金の返済に充てられる。

加えて、私のような「それなりに学費のかかる大学」を卒業しなければならない人間がいると、それも預貯金を切り崩してやりくりしなければならなくなります。

私の両親は、現代の不況の渦の少し前を過ごしていたこともあり、我々が感じるような資産運用の切迫した必要性について理解に乏しいことは明らかでした。

そうして、時が経つにつれて病気にもなりますし、労働も以前のように全力でやるということは難しい状態になってきました。

それでも、生活のために労働しなければ、これから先食いつないでいくことができない。

結局は、収入が一本しかありませんから、労働を止めてしまうとすべてのお金の流れが止まってしまうのです。

ここまでくると、仮に大病を患った場合に取り返しがつかなくなってしまいます。加えて、いつまでたっても「労働のサイクル」から抜け出せなくなってしまうわけですね。

私は幸いなことに、20代で一人暮らしを始め、外から自分や家族を含めた財務状況を見ることができましたから、恐ろしいまでの不安を感じ取ることができました。

この不安は、将来の準備を速やかに整えなければならないという原動力になってくれました。

医師のみならず、すべての職業に言えることですが、これからは「職能(スキル)」がモノをいう時代です。

AI化が進行するなかで、ゆっくりではありますがスキルを持たない者に対する駆逐は始まっていると考えても良いでしょう。

駆逐の対象になる労働者は、もはや労働に頼らざるを得なくなりますから、いつまでたってもストレスのかかる労働から抜け出せず定年まで働くことになります。

現在やっている仕事に満足感があれば問題ありません。しかし、多くの場合皆さんの顔つきはそういう風に見えません。

病院勤務をしているとさらに増強される恐怖

高齢化の時代となりました。それを最も(良い意味でも、悪い意味でも)痛感することができるのが病院です。

私はその一線で労働する身として、健康でなくなる状態がどれほど恐ろしいかということを肌身に感じながら生きています。

患者さんやそのご家族は、日本の皆保険制度が手厚いとはいえども、最近のレベルの高い医療を受けるために高額の医療費が必要になったり、場合によっては入院が長期化する場合だってあります。

そのストレスを抱えながら過ごされている表情は、非常に暗いものがあります。

同時に、自分の健康や私の周囲の人々の健康や心の豊かさを考えるようになりました。

生活のために労働する恐怖は、ここでもやはり増強されます。

患者さんの家族は、当然ながら労働されている方がほとんどですから、忙しい時間をさらに忙しくして働かざるを得ません。

そういう状況を医師として、そして当事者として経験したからこそ、「生活のために労働する」という状況は恐怖を感じなければならないことだと思いました。

そして、一刻も早く抜け出さなければならないと行動を始める決心をしました。

自由になることを、ためらってはいけない

それまでは、労働することは当然のこととして考えていた自分も、「自由とは何だろう」と考えるようになりました。

少なくとも、生活のために労働している瞬間は、どこにも自由はありません。

では、どのようにして自由になればよいのか。

私は、3つの観点から自由を獲得する方法を模索中です。

・身体的自由:健康を維持、増進すること

・精神的自由:新しいことを学び、感動し、既知の学問を深めること

・経済的自由:自分のやりたいことを実現すること

これが

勉強×投資×健康

という3つの柱を徹底的に追い求めるという行動に至っている理由です。

私は、家族に対しても、妻に対しても、あるいは自分の周りにいる「幸せになってほしい」人々に、

生活のために労働してはいけない

ということを常々言っています。

自分の人生を自由にすることをためらってはいけないということです。

もちろん、初めは労働による収入が欠かせない時期もあります。

しかしそれは、決して生活のためではなく、大いなる目標のために存在します。

そして、本業に楽しみがなく、自由がないと感じるのであれば、次なる手段として副業を始めるということは非常に良い手段となりえます。

こうすることで、日々の労働のストレスを少しでも減らし、同時に自由への準備を進めることができるのであれば、毎日が有意義に感じられることでしょう。

いつか、生活のために労働している、私を含めた周りの人々が自由になることを夢見て、毎日をひたすら勉強に充てていくつもりです。

Twitterでは日々の気づきをつぶやいています。

忙しいときはこれで書籍を買っています。

参加しています。応援していただけると嬉しいです。

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  • この記事を書いた人

Zen

4,000万円の負債を背負い、日々労働に明け暮れる薄給内科医です。 私を迷うことなく選んでくれた妻と一緒に、経済的自由を目指します。 とりあえず身体を壊さないように30代で5,000万円の金融資産を作ります! 経済的自由を得るまでの道のりを記録していきます。 最後に全員を幸せにして笑って生活するのが夢です。 応援よろしくお願いします(´ー`)

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