学問・勉強 読書

【勉強の効率を上げる】精読と濫読のスキルを極める

本の読み方は2つある

皆さんは本を読むときに、どのように読んでいるか考えたことはありますか。

もちろん、ただの風景として文字を眺めているわけではないですね。何か情報を得ようとして、考えながら読んでいるはずです。そこから新しい情報が得られて、自分の生活の足しになるのであれば、それは立派な読書と言えます。

ここで、もう少し先に進んで2つの言葉をご紹介します。「精読」と「濫読」という言葉です。精読(せいどく)というのは、

細かい所までよく注意して読むこと。

という意味です。「熟読」という言葉が近いですね。一冊の本をよく読みましょうということです。

対して、濫読(らんどく)というのは、

手あたり次第に書物を読むこと。

という意味です。濫読の「濫」という文字が見慣れないかと思いますが、「濫(みだ)りに」という言葉で使われる通り、「手あたり次第、勝手に」という意味が含まれていますね。「乱読」という言葉も使われますが、「乱れる」という字を使ってしまうとどことなく「雑に」というイメージがついてしまうので、私は「濫」の字を使うほうが良いのではないかなと思っています。

本の読み方には、大きく分けてこの2つがあるように思います。一冊の本を集中して読むのか、あるいは、多くの本を手あたり次第に当たってみるのか。皆さんは、どちらかのタイプに分類されてしまうかもしれません。「読むのが遅いから一冊集中タイプかな」「興味のあるものを手当たり次第に買って積読になってしまっているな」など思い当たる節があるかもしれません。

ここでは、そんな2つのタイプについて考えていきましょう。

精読と濫読、どちらがいいの?

はっきりと言います。「どちらも」です。

びっくりされないでくださいね。精読と濫読、どちらも良い側面を持っているので、ぜひ精読と濫読「どちらも」やりましょう。

ここが最も私の伝えたいところです。別に2つのタイプがあるからと言ってそのうちの一つに分類されてしまう必要は全くない。いい点があるのであれば、二兎を追って一兎も得られない状況でなければどちらも追求しましょう。

ですがここで何が良い点で何が悪い点なのかを考えていく必要がありますね。どちらも良いところがあるということを念頭に置きながら、精読や濫読の本当の意味合いを考えていくことにしましょう。

精読の本当の目的

精読というのは文字通り「精(くわ)しく」読むということです。

身近な例で言うならば、皆さんが小学校や中学校に通っていたときに読んだ「教科書」などがいい例ですね。

何コマにもわたって、教科書の中の文章を一文一文丁寧に読んでいく。漢字の読み方がわからなければ辞書を引き、文法があれば先生が解説し、さらには文意を解説までしてくれる。もっと言うと作者の歴史的背景やキャラクターなども併せて解説してくれる先生もいらっしゃるかもしれませんね。そういった、文章を一文一文丁寧にひもといていく作業が「精読」なのです。

よく考えてみると、教科書の中身はすべてある小説や論説の一部分を抽出してきていますね。ですから、最初から最後まで一冊の本をそういう形で精読したことは皆さんも経験が少ないのではないでしょうか。与えられた課題文に対して精読をすることはできても、自分で一冊の本を決めて精読をしたという経験があるかたは少ないのではないかなと思います。

精読というのはある意味で忍耐力が必要になります。一冊の本に対して、骨の髄まで味わうように読む。「熟読玩味」という言葉がありますが、文字通り「味わう」わけです。

そして、そこから得られる知識や知恵を丁寧に探っていくことで、一冊からたくさんの教訓が得られるわけですね。いまでも皆さんの教養の一部分に教科書で読んだ内容が含まれているのではないでしょうか。それこそまさに精読の成果です。精読をせずただ漫然と読んでいるならば、もしかしたら皆さんの頭の中に「竹取物語」や「ごんぎつね」「こころ」などは刻まれていなかったかもしれませんね。

つまり、精読をすることによって、作者の描いた価値観や世界観がそのまま自分たちの頭の中に引っ越しをしてきて、さらにはその頭の中で多種多様な彩りをもって私たちの生活を支えてくれるものとなるわけです。

読書法に関しても、お話する機会があると思いますが、精読をするために一番重要なのは「時間をとって」「本に書き込む」ということです。

(1) 時間をとる

これは当たり前の話ですが、集中力が続かなければ精読はできません。そのための環境や時間を確保するところから、まずは始めましょう。よく考えるためには、誰にも邪魔されない空間で、作者の考えている世界に私たちも入り込んでいく必要があります。

(2) 本に書き込む

これも重要なテーマです。本は綺麗な状態で閉じてはいけません。せっかく何百円も何千円もして購入した本なのですから、既に書いてある情報に自分の感情や知っていることをたくさん書き込みましょう。

本は、既に下書きが出来上がっている「ノート」のようなものと考えてもいいかもしれません。ペンと、できれば蛍光マーカーも準備しましょう。思いついたことをサッと書き込めるように、「ここは重要だ」と考えた文章にすぐに引けるように。

はじめはどこが重要でどこが重要でないかわからないかもしれません。ですが、これも数をこなすうちに少しずつ分かってくるようになります。とにかくまずは、自分が「この表現良いな」とか「これだけは覚えておきたいな」と思った箇所を強調して「重要!」などと書き込んでおきましょう。

私も使用しているおすすめの蛍光マーカーです("太"と"細"があるのが便利です)。

あとからその本を見返すと分かりますが、書き込むのと書き込まないのとではその後の記憶の想起にまったく違う影響を及ぼします。線を引いた箇所が飛び込んでくると、「あ、あのときはこういうところを重要だと思っていたんだ」とすぐにわかります。線を引いていなければ、頭からまた読み直すことになってしまい大幅な時間のロスになってしまいますね。

そのときの新鮮な気持ちは、文字からも良く伝わってきますので(「過去の自分に助けてもらう」でもお話ししています)、一石二鳥です。

濫読の本当の目的

精読が深さを極めるのに対して、濫読は「浅さを極める」方法になります。

精読だけだとどうしても同じジャンルに偏りがちで、同じ知識が書いてあることが多いですから、ここでは興味の幅を広くして「手あたり次第」本を読んでみることもお勧めします。

もっともよい方法は、「書店に出向く」ことです。決して本を購入しなければいけないわけではない。書店に行くことによって、その圧倒的な書物の量にまずは圧倒されてください。

最近ではネット書店やKindleなどの台頭によって、読みたい本がすぐに手に入るようになりました。大変喜ばしいことです。

一方で、自分の興味のある本は当然手に入りますが、そのほかの関連性はどんどん乏しくなってしまいます。よく「あなたにお勧めの本はこちら」と表示してくれるシステムもありますが、これだけに頼ってはいけません。

一番あなた自身にお勧めされる本は、あなた自身が書店に出向いて「!」となった本です。それはどうしても書店に出向いて背表紙を見て、タイトルを見て、実際に目次を見て、本文をちらっと覗いてみて……としなければなりません。いくつかの出会いが重なって初めて「読みたいな」という気持ちを呼び起こしてくれるわけですから、ただ「オススメの本」を買っていただけでは、「考えているものと違うな……」と思ってしまう確率も高まってしまいます。

書店の上から下までを練り歩いてみて、気に入った本を何冊でも構わないからカゴの中に放り込んでいく。そして、購入したらその手触りが残っているうちに、「精読」モードに入ってしまいましょう。そうすることにより、短時間で「精読」と「濫読」を同時に達成できることになります。

興味が少しでも拡がり、それに対して精読を仕掛けてその領域の知識が入ってくると、俄然勉強が面白くなってきます。そして、手塩にかけて育てた一冊の本たちが少しずつジャンルも冊数も厚みを増して棚に入っていくと、自分の頭の中がどんどん豊かになっていくのを感じます。

勉強も「質」と「量」

勉強ができる人に本をまったく読まない人はいません。なぜなら、勉強も本の「精読」と「濫読」と同じように「質」と「量」の世界があるからです。

もしもお子さんに何かを教えよう、習わせようとするのであれば、この2つを重視する必要があります。どちらか一方ではいけない。少し齧っただけ、という習い事なのであればむしろやらない方がよい。やるならしっかりと時間をとって集中してやりましょう。

学校に通っているみなさんであれば、一つの教科でも構わないから「一家言」を持っている人になりましょう。そして、他の教科が得意な人の「一家言」に追随できるように、興味の幅を増やして勉強していくと良いでしょう。

資格試験を控えている方も同じです。その資格試験で出ている参考書はすべて買ってすべてやってしまいましょう。どこからどの問題が出ても100点が取れるまでになれば、それはもう一生の財産となります。

この「質」と「量」の2つの軸を意識することで、今は自分がどの立ち位置にいるのかを客観的に見ることができます。「いま、自分はもしかしたら興味のある分野に偏っていて"質"重視になってきているな」と思えば、他にも興味のある分野がないか探してみてもいいでしょう。反対に「なんだか興味が移ろって落ち着かないな」と分かれば、「ここは一つ、じっくりとこのジャンルを極めてからにしよう」と考えることもできます。

とにかく「広く」&「深く」

「浅く広く」か「狭く深く」かはよく論じられる話ですが、私は「どちらも取りなさい」と考えます。結局は「広く深く」を目指すべきなのです。「そんなの無理に決まっている」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、それを目指そうと頑張っていく過程で得られる知識や体験は、必ず「浅く」も「狭く」もなりません。

「広く深く」を生活に浸透させていくためにも、まずは読書の「精読」と「濫読」の意味を考えることから始めていきましょう。とにかくまずは書店に赴いてみる。そして久しぶりにペンを執って綺麗な本を徹底的に自分のものにしてしまいましょう。

一回でも始めてしまえば、人生を豊かにしてくれる「自分だけの本棚」がどんどん作られていきますよ。

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Zen

4,000万円の負債を背負い、日々労働に明け暮れる薄給内科医です。 私を迷うことなく選んでくれた妻と一緒に、経済的自由を目指します。 とりあえず身体を壊さないように30代で5,000万円の金融資産を作ります! 経済的自由を得るまでの道のりを記録していきます。 最後に全員を幸せにして笑って生活するのが夢です。 応援よろしくお願いします(´ー`)

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